私がずっとほしかったもの。
今日のために一生懸命練習してきた皆を応援するかのような青空。
中一の長男は、団体演武で出場。
同じコートの高校生や大学生にまぎれて、
中学生たちはやや緊張した面持ち。
大学生の団体から順番に演武が始まった。
さすがに大学生の貫禄。気迫もキレもあり見応え充分。
次は高校生。大学生と比べるとやや物足りない感じはあるけれど、
しっかり型が身に付いている。
中学生の番がまわってきた。日頃の練習の成果を発揮できれば良い。
そんな気持ちでコートの脇に整列する六人の拳士を見守る。
ところが、私の予想は裏切られた。
六人の動きがピタッとそろって、
息づかいが聞こえてきそうなくらいの静けさ。
体育館に響きわたるくらいの気合い。
真剣なまなざし。
黒帯の四人に混ざった茶帯の彼も、
腰を落としてなかなか良い動きをしていた。
退場の時まで気を抜かない。
並んだゼッケンが光っていた。
第一ラウンドが終わり拳士たちが退場。
私たちも観客席に戻った。
『なかなか良かったなぁ。』
夫と私は顔を見合わせてお互いの胸の内に同じものがあるのを感じる。
妹と弟は相変わらず観客席の間をウロウロと走りまわっていた。
しばらくしてから、彼の笑顔が階段の下からかけ上がってきた。
そんな顔で笑ったのをはじめて見た。
いつもは何かをため込んでいるような顔をすることが多かったのに。
今は全ておいてきたようなごく普通の笑顔で軽やかに、
私の一段下の椅子に座った。
『お腹すいた!』
息を弾ませながらいつもより透明な声で言った。
皆のところに居なくて良いのか聞きながら私は、
カバンにいれていたパンとお茶を手渡した。
『ありがとう!』
あっと言う間にパンを口に押し込んだ。
私は彼の背中にそっと触れる。
最近たまにそうするように、
その手を払いのけたりはしなかった。
最後にもう一度私の方を見て笑顔を見せた後、
階段をかけ下りていった。
背中のゼッケンに筆で書かれた『洛東』の文字が目に焼きつく。
胸の奥と目に温かい感覚が、ずっと残っていた。